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煌く原子の光に飛び込もう
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Strychnine!

Inspired my lovely artist and chemist<3
Thanks for 樂宮さま and Prof.Maitland Jones,Jr.



静まりかえる夜更けの船室
淡い白熱灯の光
朗らかなまどろみ

キッドにこうべを委ねて、ローは珍しく饒舌になっていた。

「このジャーナル、感嘆符から始まるんだぜ?こんな美しい思想を持つ学者がまだいたとはなァ」

新しい玩具を手にした子供のように、はしゃぎながら雑誌片手に揚々とローは語る。雑誌の表紙には高々と”Tetrahedron”の文字が飾れていた。学者の世界では恐らく有名どころの雑誌なのだろうが、キッドにとってはただの”四面体”でしかない。

「まだ医学の世界は腐ってねェのさ」

医学の美しさを語る姿はさながら、政治家のようだ。お前の方が美しいという思いが夢うつつに頭をよぎった。もうほとんどキッドにはローの話は耳に届かなかったが、ローの楽しそうな声だけは確かに聞こえた。

「Strychnine!」


・・・


「・・・で、てめェはいつから寝てたんだ」
「朝っぱらからうるせェな」
「うるせェとはなんだ、人の話も聞かずに寝ていたくせに」
「医学の話はおれにはわからねェよ」
「人の話が聞けねェ船長なんざ、ただのモグリだ」

深夜の休息のひと時での出来事である。話の途中で眠りに落ちてしまうことぐらい普通ではないのか、とキッドは思った。むしろこの普通のことができる喜びをキッドは昨晩感じていた。一体海賊という人種がどうしてうたた寝などできようか。特に自分の船中であるなら尚更である。クルーたちを守るという使命と刺客に怯える恐怖があいまって、とてもうたた寝などできるはずがない。

それがどういうことか、この男の前ならありのままを晒せるのだ。

「・・・寝ちまって悪かった」

悪気など元々無かったので、素直にキッドは謝った。――ところがローの怒りは収まらない。昨晩の出来事はどうしても許せなかった。
ローは己の感情を表に出すのが苦手である。キッドがどんなに面白い話をしても、うまく笑えないことが度々あった。仮面のように表情のない顔を誰よりも嫌っていたのは、ロー自身であった。そんなローであったが、昨日たまたま本屋で見つけた雑誌で、自分でも信じられないくらい感情の高ぶりを表に出すことができたのである。死の外科医の名を背に負った今でも学者の心は捨てきれない。久しぶりに芸術的なジャーナルを見て心が舞い上がってしまった。

そんなことなどキッドはつゆ知らず。ローはキッドが自分が美しいと思うものに興味を持ってくれないことが悲しくて仕方が無かった。悲しさを怒りが包み込む。

「悪かったと思うなら、これを飲め」
「なんだこりゃあ」

それはグラスに注がれた透明な液体。

「――Strychnine、猛毒だ」
「おれを殺す気なのか?」
「お前なんか消えちまえクソ野郎!」

しまった、とローは思った。ここまで暴言を吐くつもりはなかった。
怒りのあまりよく眠れなかったせいかも知れない。
はたまた、あの美しいジャーナルにまだ陶酔しているせいかも知れない。
いずれにしても、ローの心は急激に後悔に襲われた。

謝ろうとするローより先にキッドの口は開いた。

「お前が望むなら死んでやるよ」

キッドはグラスの液体を呷った。死ぬことに恐れは無かった。
大切な夢もクルーたちもいるというのに。
不思議なことに、それら全てがたった一人の男の前では瞬く間に崩れ去ってしまうのである。

「ユースタス屋!」

とっさにローはキッドの胸の中に飛び込む。
鍛え抜かれた胸の中で、ローは肩を震わせた。
それは泣いているためだけに表れた動作なのか、それとも。

「・・・なにがおかしいんだテメェ」

低い声で怒りをあらわにするキッドの顔をローは見上げた。


「てめェが飲んだのは、ただの水だバカスタス屋っ・・・」


つくづく表情の乏しいやつだ。
それじゃあ、泣いてんのか笑ってんのかわからねェじゃねェか。
眉をひそめて必死に笑おうとするローに、キッドは心の中でそう呟いた。泣くぐらいなら、嘘なんかつくじゃねェよ。

「機嫌は直ったのか?」

キッドの質問にローはこくり、と頷いた。
まさか、3億程の価値を持つ男が自分のためにあっさりと命を捨てるような真似をするなんて予想だにしなかった。”何でてめェのために死なねェといけねェんだ”と軽くあしらわれると思っていたのに。
どうしようもない嬉しさと、軽率な発言をした悔しさで胸が一杯になって言葉を出すことが出来ない。

「もう一度聞かせてくれよ、昨日の話」

一晩握り締めてシワだらけになった雑誌をローは取り出した。

Fin



すいません・・・
樂宮さまの絵が素晴らしすぎて、レスポンス絵ならぬレスポンス小説を勝手に書かせて頂きました。本当にすいません!

『Robert B. Woodwardは1954年にストリキニーネの合成を初めて成し遂げ、”Strychnine!”と感嘆符のついた言葉で始まる記念すべき論文を発表した。この論文の序論は、物理学的手段がますます強力になってきて合成化学的手段はもはや時代遅れだと考える批評家に対して、芸術ともいえる有機合成を擁護した興味深い文章で、一読に値する。』 ジョーンズ 有機化学(上)より抜粋。

素敵なキドロ絵を描いて下さった樂宮さま、こんな素敵な論文があることを教えて下さったジョーンス教授、この方々に出会えた全ての奇跡に感謝!
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