煌く原子の光に飛び込もう
雨粒
無機質なビルの森は雨を受け入れてはくれない
無機質なビルの森は雨を受け入れてはくれない
◆※学パロ
送って欲しいなんて、こいつはおかしいと思わなかったのだろうか。
「大丈夫か」
「ああ」
大丈夫に決まってんだろ。こうやってふらふらしているのは酔った振りなんだから。
こんな茶番をしているのは、お前と少しでも長くいたかったから…なんてかわいらしい理由からじゃない。
もっとどす黒い嫉妬の気持ちからだ。
「雨が降ってきやがった」
「本当だ」
雨粒の重みに耐えきれなくなった灰色の雲から涙が零れ落ちた。アスファルトにいくつもの斑点が作られる様子をおれは黙って見つめていた。自分と同じだった。学科一の美人だと謳われる女と仲良く話しているのがどうにもこうにも耐えきれなくなって「送って欲しい」と言ってしまったんだ。
シックな革の肩掛けカバンの中から折りたたみ傘を出し、そっとおれの頭上に差してくれた。傘は男2人が入るには小さすぎて、傘の持ち主はほとんど傘の中に入れていない。
「お前が濡れちまう」
おれはいたたまれなくなって、傘をユースタス屋の方に向けようと取っ手を握ろうとした。手と手が触れた。それだけで、胸を差すような衝動が体中を駆け巡る。どうしようもなく好きだということを痛感させられてしまう。
「いいから黙って入ってろ」
有無を言わせず、おれは強引に傘の中に戻された。
「ああ…」
おれはこの強引さに惚れてしまったんだ。
痛快なまでにこの男は自分の心の中へずかずかと入ってくる。
誰も入ろうとしなかったおれの心の中に入ってきてくれる。
ふと、無口でいつも下を向いていたおれに気さくに声をかけてくれた日のことを思い出した。
『昨日休んでたよなァ、ノート見るか?』
何気ないその一言がどんなに嬉しかったか計り知れない。誰からも好かれる学科のムードメイカーは、こんな陰険なおれにすら好かれちまったわけだ。
「雨が本降りになってきたな…他の奴ら、大丈夫かよオイ」
先ほど飲み屋で別れた他の連中にも気を使う。ダチを心配する気持ちから発せられた言葉だとわかっているのに、どす黒い嫉妬がまた燃え上がってしまう。
「ジュエリー屋のこと、送ってやりたかったのか?」
学科一美人のあの女だった。その名前を口にしただけで恨めしい気持ちが湧いてくる。それと同時に不安になる。今自分が口にしたことが、本当なんじゃねェかって。
「なんでそうなるんだよ」
「だって…」
だめだ。
そのことを口にしてしまったら。
「お前とあいつ、付き合ってるみてェだったから」
本当になっちまう。
傘越しにユースタス屋の視線を感じる。おれはアスファルトに目線を戻した。もう斑点はなかった。
「だったらここにいねェよ」
「そりゃそうだ」
「それに具合悪ィダチを一人で帰らせるわけねェだろ」
ダチ、という言葉に身体は嫌でも反応した。そんな当たり前なこと、わかりきっていたのにおれは何を期待していたんだろうか。
「ユースタス屋」
「なんだ?」
“好きだ”
「ありがとうな」
「おう」
言いかけた言葉は雨の中に消えていった。男からの告白なんて気持ち悪ィに決まってる。こんな下らない感情で、お前との関係を壊したくない。
ダチとしてなら、お前はずっとおれの隣にいてくれるよな?ユースタス屋。
無機質なビルの森の中は、ちっとも雨を受け入れてはくれない。弾かれた雨粒はやがて集まり、川のように流れ出した。
Fin
◆
『Who am I?』に投稿させて頂いた作品。主催のマル様、本当にお疲れ様でした。
挿絵は『orange rhapsody』のtoco様に描いて頂きました。toco様、素敵絵を描いて下さってありがとうございました。
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